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して推察される。同じことは、地元の学生が指摘した「湖水地方はピーター・ラビットだけではないのに、なぜか日本人はヒルトップに殺到する」という意見からも窺うことができる。
一方、湖水地方がロンドンとエジンバラを結ぶ中継地にあるため、本来マス型観光の中継地として位置づけるのはふさわしくないナショナル・トラスト・エリアを大型バスのツアーで利用していることも明らかになった。さらにこの傾向に拍車をかけたのが、日本の旅行業法の改正であった(前述・旅程保障制度の導入)。
いずれにしても、バスの乗り換え時間に瞬間的なオーバーユースを生じさせる原因の一端を担う日本人観光客の行動は、欧米人とは異なる不可解な行動として映る。ただし地元の経済効果への貢献が大きいこと、また、大人しい、文句を言わない等の良い客質を保持しているため、排斥の対象とするには及んでいない。

 

(3)新聞記事が意味するものと対応の課題
最後に、この新聞記事が示唆したものについて考察すると、次の3点に集約される。
?観光のマイナスイメージとしてシンボル化された日本人
この記事は、湖水地方で生じている観光客のオーバーユースの問題を、日本人観光客の行動の特殊性によるものとして読者に提示して見せた。記事の内容が事実をそのまま伝えていないことは多くの関係者が認識しているものの、日本人がナショナル・トラスト観光のマイナス・イメージとしてシンボル化されたことには着目するべきであり、事実誤認であるからといって看過することは望ましくない。なぜなら、記者に記事を書く動機を与える何らかの要因があった、とみることができるからである。
?英国における日本人に対する特別な感情
記事が書かれた背景にあるものの一つが、VJデイ前後に噴出した、英国人の日本人に対する特別な感情である。多くの日本人にとっては、既に半世紀昔の出来事になりつつある第二次世界大戦は、英国人にとっては生々しい記憶であり、英国植民地における日本軍への敗退は、彼らにとって未だ屈辱と怒りの対象なのである8)。湖水地方は、元軍人のリタイアメント達が平穏な暮らしを求めて多く移住する地であり、彼らが支持するタイムズ紙が日本人非難の記事を書いたことは、VJデイを盛り上げる効果を招いたことは想像しうる。また英国人には、金持ち国民日本人に対して優越感を感じていたいという意識があり、日本に比べて英国はすばらしい国である、ということを強調する記事は日常的に見られるという。
?検証不十分な日本側における取り上げ方
最後に指摘されるのが、記事に対する日本側の検証の不徹底さである。日本側で配信を掲載したマスコミの動き、現地での観光関係者の動き、日本側の観光関係者の動き、いずれも十分な検証と初動の敏捷さを欠いていたといえる。

 

6. 今後の研究課題

タイムズの記事は事実を伝えていないことが明らかになったものの、この記事は、ナショナル・トラストという保護を義務づけられた地域での観光が抱える、看過できない多くの課題一特に観光地における資源の保護と観光事業としての成立をどのように両立させて行くべきなのか一を提起しているといえる。
今後は、他のナショナル・トラスト・エリアや文化遺産等、資源を保全しながら維持管理のために観光客を誘致していこうとする地域について、類似の調査を行い、その両立の方向性を探っていく必要があろう。

 

 

 

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